一般女性がキャバ嬢になるまでの様子を追ってみた

ごく普通の大学生の女性がキャバ嬢になるまでの様子を追いました。

体験入店を終えた彼女は、日常を抜け出して、それまでの人生で接することのなかったものに触れ、背徳感や高揚感や達成感を感じました。

その経験がもたらす変化は非常に大きなものだったのです。

キャバクラの求人

Aさんは女子大生。

実家は貧乏で学費と生活費の仕送りがありません。

大学1年生の頃はコンビニやファミレスで時給1000円の仕事をしていたのですが、週に5日、1日あたり8時間働いても給料は16万円くらいのものです。

家賃に4万円、光熱費に1万円、携帯代に1万円、食費に2万円、残りを学費として積み立てて何とか学費を捻出してはいました。

しかし、朝から夕方まで学校があり、それが終わってから仮眠をとって夜から朝までアルバイトという生活を送っていると、どうしても体力的につらくて学業がおろそかになり、テストの成績も芳しくありませんでした。

本当はもっと勉強したいのに、アルバイトをしなければ生活費も学費も賄えなくなって学生生活が崩壊します。

しかし、本来最も力を注ぐべきである学業がおろそかになっていることに焦りを感じていました。

いつしかAさんは高時給アルバイトを探すようになりました。

夜に短時間で15万円程度稼ぐことができれば、学業に支障をきたすことはありません。

見つかった仕事にはあまりよいイメージを抱いていないものも多くありました。

その筆頭がAV女優と風俗嬢。

知らない男の人とセックスをする風俗嬢や、不特定多数の男性にセックスをさらすAV女優は自分には無理だと思いました。

自分のルックスやスタイルにそれほど自信もありません。

となると、候補に残ったのは水商売だけでした。

はたして自分にキャバ嬢などできるのだろうかと不安もありましたが、学業が成り立たなくなりつつある今、もはや四の五の言ってはいられません。

Aさんはキャバ嬢になる決意をしました。

Aさんはキャバクラの求人を専用の求人情報誌で見つけて応募をしました。

多くのキャバ嬢は、Aさんのように求人情報誌から応募したり、インターネットの求人情報から応募することになります。

ほとんどの女性はキャバクラ業界にコネクションもありません。

スカウトされる女性もいますが、これはほとんどキャバクラの高級店へのスカウトで、かなりすぐれたルックスの持ち主だけが対象となります。

高級店では、接客技術やルックスなどのレベルが高い女性に働いてもらわなければならないため、求人情報を出すよりもスカウトマンに頼っているのです。

スカウトマンは街で可愛い女性に声をかけたり、他店の可愛い女性を引き抜くことで精鋭を揃えます。

高級店の時給が高いのは、ひとえに女性のレベルが高いためにセット料金も高く設定できるからにほかなりません。

一方、中流店や大衆店では、Aさんのように求人情報から応募する女性がほとんどで、女性のレベルと時給も低くなるという仕組みです。

Aさんはそのような仕組みは全く知らなかったのですが、求人情報のうたい文句に惹かれました。

お酒が飲めない女性でも大丈夫、時給3500~5000円、面接時の交通費支給、ノルマなし、ドレス貸与、携帯電話貸与、送迎あり、友達同士での応募大歓迎などなど。

キャバクラは実際には仕事内容が厳しい職業の一つなのですが、それを謳っては女の子を集めることはできないため、安心感を与えることを目的にこのような謳い文句で求人をかけているのです。

特に、友達同士の応募を促す謳い文句には、友達同士で働くことによって定着率が上がる効果を見込むことができます。

数件のキャバクラを検討し、Aさんはひとつのキャバクラ店に応募をしました。

比較したお店の中でも謳い文句が一番多く、自分でも働けそうだと思ったからです。

また、一日だけの体験入店も可能とされていたこともきっかけとなりました。

嫌なら一日でやめればいいや、と思ったのです。

Aさんはとりあえずメールで応募してみました。

「求人情報誌を見てメールします。体験入店をしてみたいので、よろしくお願いします」

すると、間もなくしてお店からメールが来ました。

メールは定型文で、

「応募のメールありがとうございます。体験入店の流れをお話したいので、フルネーム、年齢、携帯番号を教えてください。ちなみに、私の名前は○○で、こちらの携帯番号は△△です」

というものでした。

信頼できるかどうかは未だよくわかりませんが、注意深く名前、年齢、携帯番号を書いて返信しました。

すると電話がかかってきて、体験入店にあたっての面接の説明を受けました。

面接をし、数日後に体験入店という流れになると思っていましたが、面接と体験入店は同じ日になるとのことでした。

都合のよい日を打ち合わせたところ、金曜日に決まりました。

「週末でお客さんも多く、仕事の雰囲気がよくわかるから」という理由でした。

こうしてAさんの体験入店は金曜日に決まりました。

持ち物はハンカチ、ライター、メイク道具などを入れるポーチ、ヒールの高い靴、身分証明書でした。

そして、化粧はできるだけ濃くして来るように、とのことでした。

 

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面接の様子

金曜日。

学校が終わったAさんは17時に指定の待ち合わせ場所にいました。

繁華街の前での待ち合わせで、非常に緊張していました。

待ち合わせ場所に来たのはメールをしていたメール対応の男性ではなく、サブマネージャーでした。

怪しげな雰囲気をまとっている男性なので緊張が増しましたが、ここで帰るわけにもいかず、おとなしく面接に向かうことにしました。

面接はお店の接客スペースで行われました。

店内は高級感を演出するためのインテリアが揃えてあり、慣れない雰囲気にまた緊張。

面接はサブマネージャーのほか、チーフマネージャー、店長も加わって行われました。

Aさんの緊張を察したのか、店長はタバコを吸いながら、

緊張しているの?

と聞いてきました。

店長の主導で面接が進められました。

なんでキャバクラで働こうと思ったの?

いまファミレスでバイトしているんですけど、学費と生活費を稼ぐのは大変で。

なるほど、真面目なんだね。

はあ・・・

一応確認だけど、体重どれくらい?あ、身長-体重が100以上だったらそれでいいから。

大丈夫です。

Aさんの身長は160センチですから、体重が60キロ以下であればいいという事です。

これは問題ありませんでした。

このように、一問一答形式で面接が進んでいきます。

これも一応確認だけど、クスリとかやってない?

やってません。

お酒飲んだら暴れたりしない?

大丈夫です。クスリとかお酒って問題なんですか?

大人の女性になるには

だって、クスリやってる女の子はいつ警察に捕まるかわからないからね。
そしたらすぐに新しい女の子探さなきゃいけなくて大変だから。
クスリやってる子はクスリが切れたら使い物にならないしね。
あと、酒癖が悪い女の子はお客さんに迷惑かけてお店的にも困るから。

お客さんってどんな人ですか?

色々いるから一概にこうとは言えないね。サラリーマンもいれば大きな会社の役員もいれば、年金暮らしのおじいさんまで。

“色々”と言われると、もしかしたら怪しいお客さんや怖いお客さんもいるのかな?と不安になりましたが、面接は進んで終わりに差し掛かりました。

好き名前ってある?

好きな名前ですか?

源氏名を決めなきゃ。

Aさんはそれまで、別の名前が必要になるなど考えたこともなかったため困ってしまいました。

すみません、思いつきません。

すると、店長は

そうだな・・・ハナとかどうかな。鼻が高くて印象的だから。お客さんにも覚えてもらいやすいでしょ。

そんなに簡単に決まるものかと少し困惑しました。

キャバ嬢の源氏名といえば、「アリス」とか「アカリ」とかの名前になるかと思いきや、少し地味とも思える名前だったからです。

しかし、そのような世界だからこそ普通っぽい名前だと却っていいのかもしれない、とも思いました。

また、これまで多くのキャバ嬢を見てきた店長から鼻を褒められたことは、悪い気はしませんでした。

「案外楽しいのかも」と、不安が和らぎました。

面接はそこで終わりました。

「採用!」と言われたわけではありませんが、源氏名を付けられたからにはおそらく採用なのでしょう。

その後は記入用紙を渡され、必要事項を記入していきました。

名前、住所、電話番号、本籍、シフトの希望などを記入しました。

キャバ嬢になるため

記入が終わると、保証時給が告げられました。

キャバ嬢は成績によって時給が増減しますが、その中でも保証される最低時給のことを保証時給といいます。

時給は2500円からね。

いやいや、求人情報には3500円って書いてあったけど!?と思った彼女は

求人情報には3500円からって書いてあったような気がするんですけど・・・。

と聞いてみると、広告の時給はお店で働いている全従業員の給料を時給換算した際の平均額であるとのことでした。

通常は2500円からのスタートが基本であり、キャバ嬢経験の有無や年齢や容姿その他によって数百円の変動があるとのことでした。

このお店のケースはキャバクラ店の基本的な時給システムで、このような曖昧な時給設定は多くのキャバクラで見られるものです。

(全従業員の平均額ならそう書いとけよ・・・わかるワケないじゃん・・・詐欺かよ・・・)

などと腹を立てましたが、

(まぁ夜の仕事だしそんなもんかな・・・)

と自分を納得させました。

ちなみに時給についてですが、体験入店だけで本入店とならなかった場合には、保証時給マイナス1000円として支給されるような設定になっているお店も多いものです。

本入店をすれば、体験入店も保証時給で受け取ることができます。

キャバ嬢のなかには、日雇いバイト感覚で体験入店だけを繰り返す女性がおり、そのような女性に面接をし、色々教えながら体験入店をこなさせ・・・とやっていたらお店側の負担が大きくなるため、時給が減るシステムになっているのです。

ちなみに、業界用語ではこのような日雇い感覚のキャバ嬢を「体入荒らし(「体験入店の本来の目的や意義を荒らす輩」という意味から)」と言います。

また、素人キャバ嬢が本入店したいと思う気持ちを引き出すための目的もあります。

Aさんも本入店を前提に働き始めることを決意しました。

このほか、広告のうたい文句の中には「携帯電話貸与」とありました。

これがあればお客さんから連絡先を聞かれても自分の番号を教えなくてもいい、と思っていたので

あの、求人情報に携帯電話貸与ってあったんですけど、貸してもらえますか?

あー、あれ。携帯電話を1台も持ってない子だけ貸しているよ。

キャバクラの謳い文句では、半ば嘘の謳い文句も日常茶飯事です。

なぜならば、今時の若い女性で携帯電話を持っていない女性などいるはずはありません。

それに、求人情報を読んでメールをしたり、面接の打ち合わせの電話をしているのですから、携帯電話を持っていることは明らかです(キャバ嬢に興味をもって本稿を読んでいる人も、求人情報の謳い文句は話半分で聞いて置いたほうが良いでしょう)。

(まじか・・・ケータイ持ってない子なんているわけないじゃん・・・うそつきじゃん・・・)

そんな思いを抱きましたが、よく考えれば携帯電話が借りられるならば借りたい人は大勢いますから、何十人といるキャバ嬢みんなに携帯電話を貸せばお店の負担は大きくなります。

自分の携帯電話で営業するしかないのは、まぁ仕方のないことなのかと納得しました。

とはいえ、親、兄妹、友達といった一般的な人間関係でしか利用していなかった電話帳に、夜の人間関係が入ってくることに驚くとともに、なんだか気持ち悪さや怖さがありました。

電話帳にはシークレット登録をしなきゃ。

メールのフォルダも分けなきゃ。

なにしろ、友達や家族に内緒でキャバ嬢になったAさんにとって、知られないための工夫は必須でした。

親などに内緒にしていることを話すと、アリバイ対策はしてくれるとのこと。

もし親から電話があった場合には、キャバクラではなく普通の飲食店で働いていることにしてくれるという事でした。

これには少し安心しました。

最後に、ポロライドカメラで写真撮影をしました。

警察が風営法の取り締まりにあたってチェックをした時に必要となる登録用写真の撮影です。

全てが終わった時、開店1時間前でした。

 

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キャバクラには規則がいっぱい

面接が終わり、キャバクラにおける色々な決まりについて説明を受けました。

キャバクラには色々な決まりがあります。

キャバ嬢(また水商売全般)といえば世間的なイメージでは、どちらかというとおおざっぱな職業であるとのイメージを持たれがちなものですが、意外と規則が厳しいのです。

例えば、以下のようなことがらに関して覚えていかなければなりません(一度ではとても覚えきれないため、仕事をしながら徐々に覚えていくキャバ嬢がほとんどです)。

などの決まりがあります。

そして、そのそれぞれに関してさらに細かい決まりがあり、例えば携帯電話ひとつをとっても以下のように色々な決まりがあります。

 

 

これは、こうした細かな規則を設けることによって、キャバ嬢たちをきちんと束ねようとしているのです。

キャバ嬢は個性が強いものです。なにしろ、普通のアルバイトに就くことなく、自分の個性などを活かして高時給で働こうと思っているのですから、必然的に個性は強くなります。

ばらばらな個性を持つキャバ嬢たちを束ねていくためには、このような規則がなければ成り立たないのです。

Aさんはこれらの細かい説明を受けると、ドレスと更衣室のロッカーの鍵を渡され、着替えました。

この時、新人キャバ嬢の中には問題にぶつかることがあります。

自分の胸のサイズにコンプレックスを抱えている女性は、そのコンプレックスを隠すことができない「ドレス」という衣装に戸惑うのです。

なにしろ、キャバ嬢といえばドレス、ドレスといえば胸元を強調したロングドレスなのです。

もちろん、違う衣装で接客しているキャバクラもたくさんありますが、といってもスタンダードな衣装はロングドレスです。

Aさんも自分の胸が小さいことにコンプレックスを持っていたため、「もしかしたら、胸がないから本入店できないかも」と心配になりました。

また、もし就職できてもほかのキャバ嬢から胸の小ささで陰口をいわれるかもしれない、とも思いました。

どうしようかと困ったAさんでしたが、店長に正直に言うことにしました。

事前に行っておけば期待値が下がると考えたからです。

すると、Aさんの思いとは裏腹に、

「ああ、胸?大丈夫だよ、全然問題ない。胸のサイズによってドレスのサイズ変えればいいんだから。君ならこれとこれとこれだな」

と、三着のドレスを渡されました。

どれも7号サイズであり、胸が強調されない代わりに足を強調するミニスカートタイプのドレスでした。

これならいけるかもしれないと思いました。

しかし、実際に着てみると余りの短さに困惑しました。

というのも、渡されたドレスを着てみるとすそが極端に短く、薄ピンク色で、胸以外の場所はシースルーになっている部分も多いというドレスです。

露出性が高すぎやしないかとは思いましたが、キャバクラでは女の子を見て楽しむという側面もあるのだろう、エロおやじも来るのだろうと思うと、なんとなく納得できてしまいました。

ドレスに着替えると、サブマネージャーからお酒の作り方を教わりました。

キャバクラに来るお客さんたちは、1時間当たりのセット料金を基本料金として遊びます。

セット料金では、ハウスボトルと言われる飲み放題のお酒と、チャームと言われる食べ放題のおつまみが提供されます。

ハウスボトル以外のお酒が飲みたい場合には別料金でボトルキープをしますが、お客さんの多くはハウスボトルを飲みます。

ハウスボトルには色々ありますが、一般的には安物のウイスキー、ブランデー、焼酎が提供され、このほかウーロン茶も飲み放題です。

お酒は基本的には水割りやウーロン割りで飲むことになります。

水割りを作る際には、お酒に水と氷を混ぜて作ります。

お客さんには必ず濃いめか、うすめかを聞くことが重要です。

Aさんは初めてのキャバクラですし、普段お酒を作ることなどないため、マドラーで水割りを作ることさえ初めての体験でした。

サブマネージャーの教えを聞くと、水割りひとつをとってもキャバクラというのは決まりが多いものだと認識させられました。

お客さんの水割りが3割減ったらお酒を注ぎ足すのが基本で、お客さんの飲み方によってはタイミングをずらします(全部飲みきってから作り直してほしいお客さんもいるのです)。

グラスに水滴がついたら自分のハンカチで拭きます。

テーブルマナーも細かいものです。

冷たいおしぼりは三角にたたんでテーブルにきちんとおいて置き、おしぼりが汚れたらボーイに頼んで交換します。

灰皿交換にもタイミングがあり、2本貯まったら交換します。

その時は、もちろん灰が飛ばないように、汚れた灰皿の上に新しい灰皿を載せてボーイに渡します。

Aさんは、キャバクラの接客ではお酒を飲みながら話をすればいいとだけ考えていましたが、意外にもやることが多くびっくりしてしまいました。

また、体験入店にあたってはあまり求められないことですが、接客中には上記の様々な動作を行うにあたって、女性らしい動作も求められます。

 

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キャバ嬢デビュー

19時になると、レギュラーキャスト(毎日出勤する専業のキャバ嬢)が出勤してきました。

彼女たちは別のビルにあるヘアメイクスペースでスタイリストに髪をセットしてもらい、その日の同伴と出かけます。

サブマネージャーから、体験入店の指導役となる先輩キャバ嬢が紹介されました。

わからないことは何でも聞いてね、と言われたので何でも聞くことにしました。

最初に習ったのは初めて会うお客さんへの接客でした。

初めて会うお客さんに対しては、名刺を両手で差し出しながら「いらっしゃいませ。はじめまして、○○です」と自己紹介をします。

座りながらお客さんに両手で握手をするように指導されるお店もあります。

最初は恥ずかしいものの、慣れてくるとも聞きました。

握手を導入しているお店は多く、これは初対面のお客さんとスキンシップをとることによって、距離を一気に縮める効果があります。

もちろん、新人キャバ嬢からすれば、見ず知らずの男性の手を握るという行為は、恥ずかしいというより気持ち悪いということが多いものですが、それがキャバクラというものです。

参考までに、先輩のことも色々聞いてみました。

先輩は入店して1年以上になるキャバ嬢とのことでした。

キャバクラとクラブの違いは一つのお店に勤務する長さの違いと言われるほど、キャバ嬢はひとつのお店に留まる期間が短く、2~3ヶ月で辞めていくキャバ嬢も多いものです。

そう考えると、先輩はかなり長いキャストと言えます。

大学院在学中にキャバ嬢を初めたとのことでした。

その後、開店までに時間があったので店内の様子を見て歩きました。

接客スぺースはどのようになっているのか、ほかのキャバ嬢はどのような女性なのかなどを見ていきました。

接客用のソファは狭いのだな、キャバ嬢たちはキャバクラ雑誌に出てくるような女性が多いな、などの感想を抱きつつ時間を過ごし、開店時間30分前になると更衣室が急に騒がしくなりました。

更衣室は4畳くらいの狭いスペースにロッカーが並んでいるつくりですが、そこへキャバ嬢たちが大挙して着替えを初め、その中には化粧中のキャバ嬢もおり、着替えも化粧も終わって出勤しようとするキャバ嬢もおり、非常に騒がしくなるのです。

「仕事したくなーい」「だるい~」「今日○○さんが来るからちょっとラクかも~」「うっそー、あたし嫌だったけど□□に営業しちゃったー」「太った~」「いや細いじゃん!」「だれかファスナーあげて」などの声が飛び交い、

(キャバクラって女性らしさを売りにするんじゃないの?この人たち、「女」というより「オンナ」って感じ(笑)意外に普通というか、何でもないというか、こんな人たちでやっていけるんだね)

と、Aさんはすこし自分でもやっていけそうな気がしました。

開店10分前になると、同伴がないキャバ嬢たちがぎりぎりで準備を終え、タイムカードを押してお店の入り口に並びました。

男性スタッフと一緒に一列に並びました。

全員がそろって準備を終えれば、あえて20時までの10分を待つことはありません。チーフマネージャーが気合いの入った声で

「おはようございます!平成○年○月○日、営業をはじめます!」

と号令すると、キャバ嬢もスタッフも一緒に声を張り、

「いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!いらっしゃいませ!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!今日も一日よろしくお願いします!」

と唱和をしました。

先ほどまでの更衣室での喧騒とは打って変わり、キャバ嬢たちの顔はピリッとした緊張感に包まれました。

店内には音楽が流れ、キャバクラっぽい雰囲気が演出されました。

それから数分経って20時になると、一組目の同伴客が来店しました。

Aさんの体験入店の始まりです。

最初、Aさんは指導役の先輩に連れられてヘルプに入りました。

お客さんは、初来店ではなければお気に入りのキャバ嬢を指名するものですが、指名が他のお客さんとかぶった場合には、指名キャバ嬢は複数のお客さんの席を回ることになります。

つまり、指名したからと言ってセット時間中ずっと指名キャバ嬢の接客を受けられるわけではなく、指名キャバ嬢が席をはずしている間は他のキャバ嬢が接客に入ります。

そのような役回りのキャバ嬢のことを「ヘルプ」というのです。

ヘルプに入ったAさんは、「はじめまして、ハナといいます」と自己紹介をし、新人であることも告げました。

上記で名刺を渡す指導を受けましたが、それはあくまでも一見のフリー客に対してのみのことで、ヘルプの際には名刺を渡しません。

接客相手はすでにほかのキャバ嬢のお客さんなのですから、そこで名刺を渡せばお客さんを奪おうとする行為とみなされ、トラブルに発展してしまう事があるからです。

このほかにも、お客さんを奪おうとしていると捉えられる行為はNGであるため、あまりにもべたべたした接客や、そのお客さんの指名キャバ嬢の噂話などもしてはなりません。

しかし、ほかのキャバ嬢のお客さんを奪わないということを基本としておけば、後は卒なく仕事をこなせることのが普通です。

特に新人の場合には「新人」というだけで盛り上がれることも多いものです。

Aさんにとって、お客さんたちは初対面の年上の男性ばかりです。

緊張はしましたが、元来人と話をするのが苦手ではないため、自分と話すことでお客さんが楽しんでくれることが嬉しく、「もしかしたら、この仕事が合ってるかも」と思えました。

ヘルプのキャバ嬢はヘルプのために複数の席を回り、新しいお客さんに接客をしていきますが、それが却って緊張感の持続に繋がり、よい心構えで働くことができました。

自分に適性があるかもしれないと思えるとワクワクする気持ちも芽生え、体験入店の勤務時間は流れるように過ぎていきました。

お店によっても異なりますが、風営法の関係でキャバクラの営業時間は基本的に0時となっています(1時までとしているお店もあります)。

しかし、これはあくまでも法律的観点から考えた基本的な営業時間であり、実際には営業時間はお店の裁量によって決められていることがほとんどです。

すなわち、営業時間は「20:00~LAST」などと表記されて明確な閉店時間を書いていないことが多く、2~3時までの営業というお店が多いです。

しかし、そのようなお店でも週末ならば4時くらいまで営業していたり、年末などの稼ぎ時には朝7時まで営業していることもあります。

0時までというのはあくまでも建前であって、ほとんどのお店は0時で閉店ということはありません。

これに対して、クラブやラウンジはほとんどのお店が1時には閉店しています。

警察も風営法に引っかかる営業時間でも黙認しているものです。

たまにガサ入れをすることもありますが、これは風営法による営業時間の取り締まりのためにガサ入れをするというよりは、そのほかに何らかのより大きな問題があるものの証拠が掴めない時に、とりあえず風営法で責任者を捕まえてから疑いのある調査にとりかかるという意味合いでのガサ入れです。

さて、Aさんも0時で終わるはずもなく、その日は週末でもあったため、翌朝4時まで働きました。

営業終了後にはミーティングが行われ、そこで入店の意思を確認されたため、入店の意思を伝えました。

そこで初めて他のキャバ嬢に対して自己紹介を行い、朝5時に送迎で帰宅しました。

体験入店を終えたとき、多くの女性が感じることがあります。

それは、「女を売りにした」という感情です。

実際には女性が女性を売りにすることは何でもないことなのですが、水商売や風俗業に携わらない女性の方が多数派であり、その多数派は女を売りにすることはありません。

そもそも、ルックスなどの関係から売りにする部分がない女性も多くいます。

そのような日常から抜け出して、女を売りにするキャバクラに飛び込んだことでそれまでの人生で接することのなかったものに触れ、背徳感や高揚感や達成感などを感じるのです。

たった1日の体験入店ですが、その経験がもたらす変化は非常に大きなものなのです。

 

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